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作った人の顔が見えるものを、食べたい。(後編)

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むかし市場というものがあり、八百屋さんも肉屋さんも魚屋さんもそこにあって、
母親は八百屋の兄ちゃんや、肉屋のおじさん、魚屋のおばさんの名前を当然のように知っていて、
相手もこちらの名前を知っていた。
たまに一人でお使いにやって来る少年の名前も知っていて、
○○ちゃん、えらいねえなどと言って褒められたりした。
つまりは誰からものを買い、反対に誰に物を売っているのか互いに知っていたということになる。
ところがいつしか市場がスーパーマーケットというようなものに変わっていき、
店の名前は屋号ではなく企業名になった。おっちゃんやおばちゃんや、
にいちゃんはお仕着せを着せられた店員さんになり、
こちらは「お客様」という抽象的な存在になった。

物を買うということは、当然のことながらお財布の中身と密接に関係する。
毎日ではないにしても、市場のある店に頻繁に出入りするようになれば、
買うものの種類、買うもののグレード、買うものの量によってお財布の中身の大体と、
そのお財布が支えている家族のあらましがその店にあらわになってしまう。
並みの中ばかりだと、いかにもねえということになり、
たまには奮発して並の上あたりに手を出す。おかげでおかずが一品減ることなったりした。
相手の勧めるものを毎日毎日断るわけにもいかず、
たまにそれいただくわと言ってしまい、後でテーブルで頬杖をついたりしたこともあったろう。
それらのことを嫌う人が多くなったのか、たちまちスーパーは大発展を遂げた。
互いに「お客様」と「店員さん」になり、共に抽象的な存在になって、
なんて気楽なんだと喜んだりした。
「店員さん」は「お客様」の邪魔にならないとところで、商品を補充する人になり、
レジでは一方はバーコードに神経を凝らし、もう一方はどんどん跳ね上がっていく数字に
やきもきするばかりになった。
いっそのこと商品と財布が直接やり取りすればそれで済むというような状況になり、
ネット販売などという新手が出現したりもした。

そういうことが当たり前になり、誰から買っているのかを誰も気にしなくなった。
だから誰がそれを作ったのかをもっと気にしなくなった。
そういうことを気にしていたら、現代ではどうやら上手には暮らしていけないようなのだ。
テレビや冷蔵庫やテーブルやソファなど、
そんなものについて誰がどこで作っているのかなどと問いはじめたら
とてもややこしいことになるし、さすがにそこまで問いたいとこちらも思わない。
だが食べるものとなれば、どうだろう。これもさすがに米から肉から野菜から、
全ての生産者の顔と名前を知ろうとすると大変なことになる。
確かにそうだ。だがそれほど大変でもなく、作った人の顔を知ることができる食品があった。
パンである。
すでに日本人の第二の主食ともなったパン。
毎日毎朝、365日、飽きずに食べている食パンの、その生産者は実に身近なところにいた。

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頭に白いタオルを巻いて現れた御仁は、仲宏晃氏という。
お店の名前は、パン屋フルール。
正式にはブーランジュリー・フルールというのだそうだが、
お客さんから何の店かわからなかったと言われ、
外に出す看板には「パン屋フルール」となっている。
京都府相楽郡精華町桜が丘にある。
郡とはいえ、田園風景が広がるのどかな緑の中に埋もれた地というのではなく、
比較的新しい家が立ち並ぶ高級住宅街の一角にこのお店はある。
看板が上がっていなければ、誰もパン屋とは、いやお店とも思わないだろう。
学園前周辺は京都府と踵を接していて、
以前取材した書店アカデミアも京都府相楽郡にあったが、
ここフルールはそこよりも我が家にもっと近い。
フルールとはフランス語で「花」を意味するのだそうだ。
本当は桜が丘という地名にちなんで桜を意味するフランス語にしようとしたそうだが、
なんか長ったらしくなるのでやめたという。

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最初にこの店に来たときには、菓子パンしか買って帰らなかったのだが、
翌朝いつものようにスーパーで買った食パンを食べている時に思った。
あの男、どのような食パンを焼くのか。
それで今度は食パンを買いに行き食べてみた。
ぜんぜん別物だった。
白飯のままでおかずもいらず二杯はいけたように、
焼かずに生のままで一枚、うっすらと焼いて一枚、焼いたのにマーガリンを塗って一枚と、
ぺろりといただいた。ジャムもマーマレードも、蜂蜜もきな粉クリームもいらず、
ほとんど素のままでおいしかった。食パンとはこんなにうまいものだったのかと、
半世紀以上生きてきて今更ながらに思ったものだ。実に迂闊なことではある。

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他のパン屋さんの食パンもこんな風においしいのだろうか。
そう思って、めぼしい所の食パンを買ってそれぞれ食べてみた。
味は異なり、好き嫌いはあるにしてもみな工場生産の食パンと
名前と姿は似ていてもまったく非なるものだった。
ただ他の店では若い女の子や、きれいな奥さんたちが店に立っていて、
その食パンを焼いたご本人は店の奥のどこかで
立ち働いているらしく合間見えることはなかった。
そこがフルールとは違った。
この店では工房とレジとの境目がなく、
奥さんがレジにいる時でも背後で粉を捏ねている旦那の姿がよく見えるのだ。
「よお」と声をかければ、「やあ」と応えられる間近さだ。

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食パンがおいしかったというのがもちろんある。
しかもその焼いた本人と出会った。それらのことから、今回のテーマを思いついた。
作った人の顔が見えるものを、食べたい。

イタリアのどこかの田舎町で、朝あけきらぬうちから、
香ばしいパンを焼くにおいが流れはじめる。
母親から手渡された硬貨を握りしめた少年や少女が駆けるようにして
近所のパン屋に行き、大きな丸パンや食パンを抱えて帰りかけると、
パン焼きの親父がエプロンで手を拭きながら現れて学校の成績について尋ねたりする。
少年や少女はそれには答えず、舌をぺろりと出して帰っていく。
笑い声が後を追う。

そんなイメージが頭の中に浮かんだ。
もしかしたらパンを主食としてきた国では、
今でも当たり前のようにそんな光景が繰り返されているのではないか。
作っている人とそれを食べている人が顔見知りで、
それぞれの家族が何を好みどれぐらい買っていくかわかっていて、
それにあわせてパンを焼いていく。
食パンやロールパンなどの食事用のパンが多くて、
おやつ系は時々気の向いたときにしか作らない。
そんなことを思ったりもした。

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作る人と、売る人と、食べる人との距離が遠くなってしまって、
それが当たり前だと不思議にも思わなかった。
作る人は作ることにもっぱらで、売る人のことも、ましてや食べる人のことも思わない。
売る人は売ることに忙しくて、食べる人の顔も見ないし、
作る人のことなんてもちろん考えたこともない。
食べる人はただ食べているだけだ。
「フルール」の仲さんに出会って、そのことの不自然さをふと思った。
作る人と、売る人と、食べる人との距離はもっと近くなくてはいけないのじゃないか。
それが毎日食べるようなものであるのなら、なおさらのこと。

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「フルール」のお薦めはときいてみた。
デニッシュ系かなにかのかなり凝った作りの力作系をあげるのではと思った。
「どっちかと言うと、生地を食べてほしいんですよね。だから食パンとか、
フランスパンとかロールパンとかをおいしいと思ってもらえると嬉しいんですけどね」
同じ小麦粉、バター、牛乳、卵を使い、それぞれの分量を厳密に同じにして、
焼きの火加減、時間を守っても、作り手が変わると味が変わってしまうのだそうだ。
生地を食べさせるシンプル系は特にわかりやすい。ごまかしがきかない。
バターのブランドを変えただけでも、すぐに味が変わったのがわかってしまう。
ましてや添加物など入れようものなら・・・・。

「一人でやっていると作る量に限度があるんですけど、味が変わるのが嫌で、
人は入れないようにしてるんです」
パン生地の味には人一倍こだわりがあるようだ。
けれど、食パンやフランスパンばかりが並んでいるかというとそうでもなく、
菓子パン系もたくさん置いてある。
多品種少量生産ですよ。そう言って仲氏が笑う。
「やっぱりパン屋にはいろんな種類のパンがたくさん置いていないと楽しくないじゃないですか。
だから色々作ってるんですけど、量はさすがにそんなには作れません」
この店の私の一方の好物である「丹波黒豆パン」も遅く行くと、まず確実にない。
「だからどうしてもっていうパンがあれば、電話もらえれば多めに作ったり、
取り置いたりするんですけどね」
作る人と食べる人とが近くになると、そんなこともできるということのなのだが、
100円ちょっとのパンを予約するというのも少し気が引ける。
だが連絡をもらえれば作る方も目処が立って、かえってやりやすいのかもしれない。

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並んでいる商品は色々あるけれど、
やはり生地を食べてもらうことを意識しているのかシンプルなものの方が多い。
流行っているパン屋さんには何度か行ったが、
そんなところにはまるでケーキかと思うようなきらきらしたパンが多かったように思う。
確かにきれいで、おいしそうで、やはりおいしいのだが、値段も相当する。
遠方から噂を聞きつけて馳せ参じる人も多いようで、
そんな人は値段をとやかく言うこともあまりない。
「具材に凝れば、色々ときれいで豪華なものも作れますけど、
僕はあまりそっちの方には行きたいとは思わないんですよ」
確かにケーキのようにたまに食べて楽しむようなものは、
凝ったものも歓迎されるだろうし、味と一緒に何らかのイメージも食しているようにも思う。
だけど第二の主食ともいえるようになったパンにはまた違ったあり方があるんじゃないか。
そういうことなのだろうかと、勝手に想像する。
確かにマリー・アントワネットでもあるまいし、
毎日ケーキを食べて暮らすなんてことはできません。ほんと。

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同じように手作りのパンを作り商っていても、それぞれに思惑は違うし、
よく見れば並んでいるパンたちの顔も異なっている。
そんな当たり前のことも、話を聞いてもう一度見直すまでは気がつかなかった。
おいしさということに重きを置けば、どこのパン屋さんのものもそれぞれに工夫があり、
こだわりもあり、あとは好き好きということになる。
だけど毎日食べている食パンについては、やはり作っている人の顔が見えるものが食べたい。
前々からそう思っていたわけではない。
「フルール」にたまたま入って、仲さんに出会ってからそう思うようになった。
そしてそれがそれほど手間もなくできるのならば、そういうやり方を続けてみたいものだと思う。
さすがに毎日桜が丘に通うことはできないが、これからもちょくちょく顔を出したいと思っている。
あの明るく可愛いお店の中で、この中年男はかなり浮いた存在ではあるのだけれど。
(了)

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ブーランジュリー フルール
京都府相楽郡精華町桜が丘3-14-5
0774-73-2929
営業時間  7:00-18:00
定休日 月曜日・第三火曜日
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